待ち侘びて

†例年より早く咲いた様だ。
自宅から程近い公園の中で、
美しく咲く桜の花弁を見上げながら、
ぼんやりとそう思った。
今日は珍しく早起きした君から、
公園の桜の木の下で逢おうと電話が掛かってきた。
向こうから逢おうと言ってくるなんて一度も無かった。
約束の時間は午後一時。あと一時間はある。
まだ来ないのはわかっていたけれど、
何だか浮かれて落ち着かないので、
電話を切った後すぐに公園へ向かった。




午後一時半。約束した時間より遅れている。
初めての給料で買った手動式の懐中時計を見ながら、
そっと溜め息を吐いて木に凭れ掛かった。
遅れるなら連絡の一つぐらいくれれば良いものを。
携帯電話を取り出し液晶画面をみたが、
電話とメヰルのどちらも着信は無かった。
まだ三十分の遅れだ。気にする事は無い。
もしかして事故にでも遭ってしまったのかと、
寧ろそちらのほうが気になった。
あと三十分しても来なかったら電話を掛ける事にした。




午後二時。
向こうの携帯電話へ電話を掛けた。
だが、何度掛けても留守番電話に接続されてしまう。
軽く苛立ち、帰ろうと歩き出したけれど思い留まる。
すれ違いが一番怖いから。
木の下にしゃがみこんで、もう少し待つ事にした。




気が付くと空が暮れ始めていた。
どうやらしゃがみこんだまま、少し眠っていた様だ。
握ったままの時計に目をやると、午後四時を過ぎている。
着信のあとも無い。やはり何かあったのか。
もう一度、電話を掛けてみる。
呼び出し音の後、明るい声で対応する声とともに、
電話の向こう側ではしゃぐ声が聞こえた。
その瞬間に、どうにも遣り切れなくなってきて、
呼びかける声をそのままに、黙って電話を切った。
日中は暖かかったのに、さすがに日暮れは少し肌寒い。
帰ろうと腰を上げ、伸びをして見上げた空に、蒼い桜。